大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)3272号 判決 1983年5月30日
原告
岡田隆政
右訴訟代理人
池田俊
奥村正道
平正博
二木博
小村建夫
被告
関西電力株式会社
右代表者
小林庄一郎
右訴訟代理人
米田実
辻武司
松川雅典
右補助参加人
深日漁業協同組合
右代表者理事
松本直文
右訴訟代理人
中務嗣治郎
岩城本臣
今口裕行
村野譲二
竹村仁
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一、二<省略>
三1(一)<省略>
(二) そこで本件補償契約につき考えるに、仮定抗弁1(一)の(1)のすべての事実関係、及び同(2)のうち、補償交渉の過程において原告のノリ養殖業に対する補償要求が含まれていたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に加え、<証拠>を総合すれば、本件補償契約締結に至る事情、契約内容及び締結資格に関する事情として、以下の事実が認められる。
(1) 参加人組合では、従来より、同組合が有する共同漁業権に基づく漁業や、指定漁業その他の漁業が行われているが、被告会社の火力発電所建設に伴う被告会社と参加人組合との間の漁業補償問題は、昭和三〇年代からあり、昭和三二年一二月には、第一火力運営による前記共同漁業権に基づく漁業の収益減少等につき、昭和四〇年一月には、第二火力建設のための海面の埋立て等に伴う前記諸漁業及び組合の漁業権の一部放棄並びに漁業被害につき、(この間、参加人組合が本件区画漁業権の免許を受けてこれを取得し、原告ほかの組合員がノリやワカメ養殖業を始めた。)昭和四七年四月には、組合の漁業権区域内への第一火力からの流灰による漁業被害につき、各補償契約か、それぞれ参加人組合代表者により同代表者資格及び組合名義で、被告会社との間に締結された(以下昭和四七年四月の上記補償契約を「流灰補償契約」という。)。
(2) 本件第二火力の建設及び保守運営に伴う参加人組合の全組合員のすべての漁業に対する補償問題は、流灰補償契約の締結時に既に別途協議が予定されており、被告会社と参加人組合は昭和四九年から具体的補償交渉に入つたが、当初双方の提示金額の隔りが大きく交渉は難航するに至り、やむなく被告会社は取りあえず工事補償だけを切り離して解決し着工を急ぐこととし、岬町町長の仲裁を経て、組合も同調した結果、ようやく昭和五〇年一〇月一五日、前記争いのない内容の本件工事等補償契約が成立し、参加人組合組合員一〇二名と被告会社とを契約当事者として表示する二通の契約書に、参加人組合組合長訴外松本直文(以下「松本」という。)が、組合代表者の資格と意思をもつて、「深日漁業協同組合組合員一〇二名 上記代理人組合長松本直文」なる名下に捺印して、調印手続を終えた。そして、右契約書はいずれも被告会社が予めタイプして用意したものであつたが、「組合員一〇二名」との表示は、組合員全員を示す趣旨でなしたものであつた。その後約一年を経過して補償交渉が再開され、その過程において、参加人組合は、全組合員の漁業の総損害の一括的包括的補償として、原告が本訴で請求するノリ漁具等資材損を含み、ノリ、ワカメ、魚の水揚げ損失等総額四〇億円余にのぼる要求をなし、曲折の上ようやく、昭和五二年六月下旬、松本が、参加人組合代表者の資格と意思で、被告会社との間において、前記本件工事等補償契約のときと同じ当事者表示及び作成名義表示の契約文書を用い、「被告会社は、原告を含む参加人組合の全組合員に対し、第二火力の通常の保守運営として、発電所の出力六〇万キロワット二基、復水器冷却水水量毎秒四〇立方メートル、同水温上昇は放水口出口で平均摂氏七度程度を前提規模とし、これにより全組合員が被るすべての漁業上の一切の損失に対する包括的打切補償総額を一〇億五五〇〇万円とし、右金額を双方の事情により仮定抗弁1(一)(2)主張の四つの名目に分け時期を異にして支払い、原告ら組合員全員は、右第二火力の通常の保守運営に対し右補償金以外に一切漁業上の損失補償の請求をしない」旨を要旨とする本件補償契約を締結した。そして、右契約文書は、従前と同様に被告会社によりタイプして用意され、昭和五二年五月二〇日付のもの三通と、昭和五三年三月二二日付のもの一通とされた。
(3) 以上の昭和三二年から昭和五二年までのすべての補償契約は、参加人組合の有する漁業権に対する補償だけではなく、むしろ主要問題として個個の組合員が各自の漁業を営む権利に基づいてなす漁業に対する個人的利益の補償問題をも含むものであつたが、当初から、被告会社はその交渉相手を参加人組合に限る立場で交渉にあたり、参加人組合の組合員個個人も、右補償交渉及びその結果たる補償契約締結を組合がなすのを当然のことと理解し、この理解を受けて、参加人組合では、その代表者若しくは組合で選出した交渉委員が組合の業務執行として共に交渉にあたり、補償契約を締結してきたのであつて、本件工事等補償契約及び本件補償契約についても、その右契約文書の名義人表示にかかわらず、調印手続の担当者や組合員間において、契約当事者が特に変つたとか、従前の例とは違つた締結資格で調印がなされたなど、別異に理解されている形跡はない。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実関係によれば、本件工事等補償契約及び本件補償契約の効力を受けるべき契約当事者は、契約文書の「一〇二名」との表示にもかかわらず組合員全員であり、その締結の意思表示をなした者は、松本個人ではなく松本が代表する参加人組合であつて、しかも右組合員全員の代理人としてそのためにする意思を表示してなしたものであり、このように参加人組合が組合員全員の代理人として被告会社との間で補償契約を締結したのは、前記昭和三二年、同四〇年、同四七年の各補償契約についても同様であつたと推認することができる。なお、前認定の本件工事等補償契約及び本件補償契約の各契約文書における当事者表示及び作成名義表示や、流灰補償契約以前の各契約では当事者が組合名義で表示されていたことは、いずれも前認定のその余の事実関係に照らし、右推認を妨げるものではない。
そして右認定の本件補償契約は、その内容によれば、参加人組合の有する共同漁業権や本件区画漁業権自体の処分を目的とするものではなく、右漁業権等に基づく組合員の漁業を営む権利その他全組合員個人が有しているすべての漁業を営む権利の行使に伴う漁業上の一切の利益の損失に対する補償を目的とする、しかも和解契約であるというべき、その締結権限は本来組合員個個人がこれを専有し、参加人組合はこれを有しないということができる。
2 原告の授権(仮定抗弁1(一)(3))について
前項において判示のとおり、本件補償契約は、仮定抗弁1(一)の(1)の経緯ののみ、同(2)のとおり原告ら全組合員の代理人である参加人組合と被告会社との間で締結されたと認めることができるが、原告は参加人組合に対する右の授権の事実若しくはその内容・範囲を争うので、以下検討する。
(一) まず、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 前認定の昭和三二年から昭和五二年までの合計五回のすべての補償交渉において、参加人組合の組合員は、各自の漁業を営む権利に基づいてなす漁業に対する補償が、昭和四〇年一月の組合の漁業権の一部放棄を含む補償契約においては一部、その余の補償契約においては各主要内容であることを熟知していたのに、個個の組合員が単独で補償交渉を行つたり、特定の個人に委任して交渉させたりした例はなく、前認定のとおり参加人組合が組合員の個人的権利に基づく漁業の補償の交渉及び契約締結にあたることにつき、本件補償契約締結に関する後記原告の不満を除き、原告を含む組合員の間から何らかの異議が組合内部において唱えられたり、被告会社に対し申し立てられたりした形跡はない。
(2) 参加人組合では、右補償の交渉及び契約締結を組合が担当するのを当然とする理解を受けて、この事務を組合の重要な業務として取扱い、予め総会又は組合協議会と呼ばれる慣行上認められた組合の意思決定機関(定款所定の厳格な招集手続をとらなくてもよい点だけが異なり、構成員、議題の通知、議事進行方法、議決権者、議決方法及び議事録作成等は総会に準ずるものである。以下「協議会」といい、総会と併せては「総会等」という。)に諮り、役員又はこれと共に交渉にあたるべき者を交渉委員として選出し、交渉委員は、随時交渉経過を報告しながら総会等の議決による組合員の多数意見に従つて交渉を行い、妥結直前には、それまでの交渉経過の報告をも併せて行うかは各場合により異なるとしても、必ず妥結すべき契約原案を総会等で組合員に報告説明し、その討議と賛成承認の決議によりその意思を確認した上で(以下右妥結直前の総会等における討議表決の手順を「事前の諮問手順」という。)、組合代表がその資格で契約を締結し契約書に調印する例であつた。そして、前記五回の補償交渉のいずれにおいても、右交渉委員の選出から調印に至る一連の手順について、参加人組合か組合員から補償の交渉及び契約締結等のための委任状を徴したことはなく、また、交渉事務と契約締結事務とを分離し、前者の担当のみを組合に委ね後者はこれを組合員の手に留保して個別に締結するなど別異の方法がとられた例はなく、原告を含む組合員の中からかかる方法によるべしとの主張がなされたことも、本件補償契約における後記原告の不満の場合を除き、その例をみない。更に、前記五回の補償交渉のいずれにおいても、補償額の定め方については、補償の対象が組合員の個人的権利のみであるか組合の有する漁業権をも含むかを問わず、また、組合員の個人的権利の分につき喪失する利益の違いなど各組合員の個別的事情を考慮して個個に算出することはせず、全組合員のすべての漁業の一切の損失に対する補償として包括的に一括した総金額で定める方式(以下「包括補償方式」という。)をとり、補償要求や妥結内容もこの方式により、こうして決定した補償金額については、まず被告会社から参加人組合に対し全額同組合名義の預金口座に振り込む方法で支払われ、次いで参加人組合の総会等でその配分方法が討議され、役員その他の者が配分委員として選出された上、この者らの定める配分基準に従つて各組合員への配分額が算出され、組合名で各組合員あてに支払われ、しかもこの各組合員への支払の際に、これと引き換えに、組合あての配分には異議がない旨の書面を提出させてきた。
(3) なお、前記事前の諮問手順につき、総会等における討議の際反対意見の者が出たときは、参加人組合としては組合長や交渉委員らより説得して翻意を促し、できるだけ全員一致の議決形成に努めてはいたが、右説得が成功しないときは、定款所定の多数決による議決方法により諮問に関する意思の形成をなしていたところ、前記流灰補償契約以後の各補償契約における事前の諮問手順では、総会等の討議は活発充分になされていた。
以上のとおり認められ、<証拠>中右認定に副わない部分は前掲各証拠に照らしてにわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実関係及び前1項で認定の事実関係を前提として、まず経験則を加えて考えると、参加人組合の組合員が、各自の漁業を営む権利に基づいてなす漁業につき、その補償に関する交渉や契約締結を被告会社との間で個別に行うことは、実際問題として現実性に乏しく、また、かかる方法によつたのでは各組合員の期待する成果を挙げるべきもなく、したがつて、契約当事者が迅速適正な契約成立を企図するならば実際問題として交渉も包括補償形式によらざるをえなくなるものというべく、更に、右補償交渉及び契約締結を組合に代行せしめても、交渉委員の選出、総会等での交渉委員の経過報告及び事前の諮問手順等に自身が積極的に参加関与すればその利益保護に欠けるところがなく、むしろ組合に代行させてこそ、集団交渉若しくは組合員の集団の力を背景にしてより有利な成果を期待できたというべきであつて、以上のことは前記昭和三二年の被告会社との補償交渉の当初から参加人組合の組合員らにとつて容易に考え及び得たと推認することができる。そして、更に右判示に加え、前記両事実関係及び同事実関係のもとにおける参加人組合の組合員らの意思を合理的に推測して総合判断すれば、前記昭和三二年以来のいずれの補償交渉においても、本件工事等補償契約及び本件補償契約における原告の場合はさておき、参加人組合の組合員は、組合員個人を交渉相手としない当初からの被告会社の基本姿勢、補償額の要求及び決定がすべて包括補償形式によつていたこと、右両者の基礎にある前記実際的考慮並びに事前の諮問手順の慣行化及びそれへの期待等から、補償交渉と補償契約締結との両事務を意識的に区分することなく、補償問題の処理全部を予め参加人組合に対し一任することとし、その処理のための包括的代理権を、各補償問題が生起する都度、本件工事等補償契約及び本件補償契約のときのように特に交渉委員を選出したときは総会等において自身出席の上交渉委員を選出することにより、交渉委員を選出しなかつたときは事前の諮問手順における総会等の討議決議に参加することにより、又は、右総会等に出席しなかつた者も、その議題の通知を受けながらその後の交渉委員の活動に対し調印手続完了に至るまで何らこれを阻止し若しくは反対の意思表示をなすなど特段の言動に出ることなく放置認容することにより、いずれも黙示的に投与してきたものであり、とりわけ本件補償契約については、その補償問題は第二火力の建設及び保守運営に伴うものとして昭和四〇年一月の補償契約のときから予期され、流灰補償契約の締結時に別途協議の旨確認され、昭和四九年から具体的交渉に入り、交渉難航のため取りあえず漁業補償前払の名目金を含む本件工事等補償契約が締結され、約一年の中断後交渉が再開されたという経緯に鑑みると、本件工事等補償契約及び本件補償契約のための各補償交渉は一体のものと認められるから、昭和四九年に開催された後記((二)(1))臨時総会で交渉委員を選任した時点において前記包括的代理権の黙示による授与がなされたものと推認することができ、右昭和四九年に選任された交渉委員によつては本件工事等補償契約の締結にとどまり、以後約一年間の中断後新たに選任された交渉委員によつて本件補償契約締結に至つたとの後記((二)(1)(2))認定の事情も、右補償交渉を一体と認めた理由及び中断中にその一体性を崩すべき事実が生じたなど特段の事情も認められないことに照らし、右推認を妨げるものではなく、他に右推認を覆すに足りる証拠はない。
(二)次に、本件工事等補償契約及び本件補償契約締結のための原告の授権につきみるに、前1項で認定の事実関係及び前(一)項掲示の各証拠を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 昭和四九年に具体化した、第二火力の建設及び保守運営により生じるすべての漁業被害に対する補償交渉において、原告は、ノリ養殖業に対する過去の投下資本額及び他種漁業に比べノリ養殖業はより大きく本件排水の影響を受けると考えられることから、これを死活問題としてとらえていたが、参加人組合でも、本件温排水により魚にもノリにも担当の被害が出るとの予測の下に、臨時総会を開催して、当時の組合役員全員と、三つの漁業種類別に二ないし三名ずつの組合員とを交渉委員として選出し、右交渉にあたらせた。そして、原告は、ノリ養殖業者等を代表する右交渉委員の一人として選出され、包括補償方式によつてなされた被告会社との右交渉に参加してその対象範囲や補償金の要求方法を熟知しており、その後本件工事等補償契約による補償金の配分委員にも選出されて組合員への配分作業に従事し、この間終始一貫して他の組合員と同調してきたが、交渉再開にあたり参加人組合において昭和五一年九月四日開催の協議会で新たに出席者全員の投票によつて交渉委員を選出しなおした際には、これに出席していたものの新交渉委員に選出はされず、ためにその後の交渉の具体的経過を直接に知ることはできなかつた。
(2) そして、その後も新交渉委員と被告会社との間において、包括補償方式により、損害費目の個別的検討ではなく総額の検討を目的とする交渉が続けられようやく、昭和五二年六月上旬ころ、前記内容の本件補償契約の原案がまとまり、同月一五日、右交渉経過報告と右原案承認のための協議会が開催された。
(3) 右協議会においては、これに出席した原告の要求もあつて、右原案の全条項が黒板に記載され、これに基づき、総額一〇億五五〇〇万円に決まるに至つた経緯につき、今回も包括補償方式であり、年次補償とするよりも金額が大きくなり組合員にとつてより有利な打切補償を選択したこと、及び右金額が上限であることの説明がなされたところ、原告は、本件温排水によるノリ養殖業の被害を前記のように当初より死活問題としてとらえていたうえ、これより先、交渉委員の一人から、被告会社はノリ資材を買い上げる気がない旨を聞き及んでいたので、「原案に一部不満がある」旨不満の意見を述べ、更に、原告と同様ノリ養殖業を営む訴外中出利雄が、右原告の不満意見の趣旨は被告会社に対するノリ機具買上げの交渉をなすよう参加人組合に求めるものである旨代弁した。これに対し、組合長の松本は、今回の補償交渉は包括補償方式によつているので被告会社は一組合員の個別の損害だけを切り離した交渉は受け付けないと思う旨答弁し、その後大多数の組合員の賛成により右原案承認の決議がなされたが、これに付帯して、原告及び訴外中出の前記意見は補償金の配分問題であるとの見解及びこれに同調する意見が示されたところ、原告は、右協議会の席上で、又はそれ以後の機会に、参加人組合に対し、右承認された原案による調印の中止を求めたり、自己の補償分に対する別扱いを求めたりすることはなく、被告会社に対しても、前記不満意見と同旨の意思表示を伝えたり、個別に交渉を試みたりなどすることもなかつた。
(4) 昭和四九年の臨時総会当時において、従前の補償交渉の方式に照らし、原告の希望する原告自身の個別損害費目につき、参加人組合と分離して個別的に、又は包括補償方式の中で原告分についてのみ上積みの趣旨で、被告会社と別途交渉をなすことがおよそ現実性に乏しいことであることは、原告にも充分予測できた。
以上のとおり認められ、<証拠>中右認定に副わない部分は前掲各証拠に照らしてにわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。また、他方、右認定の事実関係及び原告本人尋問の結果によれば、前記原告の不満も、本件補償契約につき参加人組合がその交渉及び契約締結を代行したことに対し反対の意思を表明する趣旨でも、右代行にあたり交渉事務と契約締結事務とを分離せよと主張する趣旨でもなかつたことが推認できる。
そして、右判示及び認定事実関係、前(一)項認定の事実関係並びに同項末段の個別交渉の実際的困難性、包括補償方式によらざるをえなくなる実際的考慮及び組合による交渉と契約締結の代行の利点は本件補償契約における原告についてもあてはまるのであることを総合すれば、原告もまた、他の組合員と同様、昭和四九年に開催された臨時総会で原告を含む交渉委員を選任した時点において、参加人組合に対し、第二火力の建設・操業に伴う本件温排水の放出等第二火力の通常の保守運営により原告のノリ養殖が侵害されて原告が被る全損害に対する補償(したがつて、本件工事等補償契約だけではなく本件補償契約をも含む。)につき、その交渉及び契約締結を含むその処理のための包括的代理権を授与したものと認めることができる。そして交渉の中断や新交渉委員の選出及び原告がこれに選任されなかつた事実が右認定を妨げるものでないことも前(一)項末段判示と同様である。
ところで、前認定のとおり原告が本件温排水によるノリ養殖業の被害を死活問題としてとらえ協議会において不満を述べた事実に加え、<証拠>によれば、原告は、本件補償契約成立後補償金が順次参加人組合に支払われその配分に関して開催された総会等で、昭和五二年七月二日には、引続き本件補償契約が打切補償とされている点に不満を述べ、同月九日には、今後試みるノリ養殖に被害が出たとき原告が被告会社と個人でなす予定の補償交渉に対し参加人組合の協力を求め、更にその後も、将来ノリ養殖業が不可能になることの損害の大きさに対して理解を求め続けたことが認められる。しかしながら、他方、<証拠>によれば、原告は、参加人組合における本件区画漁業権の免許申請のための昭和四五年六月一三日の総会で、将来本件区画漁業権に関し補償が得られるときノリ養殖業者の直接被害に対する以外の分は組合のものとして他の組合員にも配分する旨組合長として発言し、右免許更新のための昭和五〇年三月一日の総会で、当時交渉が進行中でその成立が見込まれていた本件補償契約による補償金の配分につき、原告らノリ養殖業の右補償成立への貢献と、ノリ養殖による他漁業種収入減の犠牲とに対する他組合員の理解を求め、右貢献と犠牲との両者を考慮したノリ養殖業者への高率の配分を求めており、次いで、前記昭和五二年七月二日の協議会で、本件補償契約締結自体に抗議するなどの行動をとらず、かえつて右契約に基づき参加人組合が受け取つた補償金の一部につきその配分方法に関し積極的発言をなし、同月九日の総会では、不満と併せてノリ養殖業者に対する配分上の特別扱いを求めていること、及び、原告は、本件補償契約に基づいて参加人組合が受け取り、その配分委員の定めた基準に従い算出して、原告分として原告あてに供託された配分金を、その後自己に対する被告会社の補償金の一部として受領していることが認められ、更に、原告が参加人組合に対し本件補償契約締結の代理権を授与していないならば当然とつて然るべき行動を、前段(3)末尾に認定のとおり一切とつていないのであり、以上の事実に照らせば、原告の当初からの最大関心事は他組合員より多額の配分を得ることにあり、前示協議会における原告の不満表明及びそれ以後の言動は、いずれも本件補償契約につき契約締結の代理権を授与していなかつたことの徴表とはみられず、むしろ、本件補償契約の成立そのものはこれを当然の前提とした上での、右自己に対する配分を有利にしようとしたものとみられないでもないので、到底右代理権授与を認める前段の認定の妨げとなるものではない。そして、他に右前段の認定を覆すに足りる証拠もない。
以上の次第で、前認定の代理権授与の事実若しくはその内容・範囲に関する原告の主張は理由がなく、被告会社及び補助参加人の仮定抗弁1(一)(3)は理由がある。
3 そうすると、双方のその余の主張につき考えるまでもなく、仮定抗弁1(一)(2)の本件補償契約は、本人である原告に対しその効力を及ぼしこれを拘束することとなり、したがつて、本件温排水放出の違法性の有無を問うまでもなく、原告は本件温排水放出等第二火力の通常の保守運営により原告のノリ養殖業が被る損害に対し右契約で定められた補償金以外の漁業上の一切の損失補償請求をなしえないこととなるところ、原告の請求する請求原因5の損害が右通常の保守運営として前1(二)(2)認定の本件補償契約中に定める操業規模をこえる本件温排水によるものである点については何らの主張立証もないから、原告は右損害の請求をなしえないというべきである。
四以上のとおりであるから、双方のその余の主張につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないというほかないからこれを棄却し、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。
(杉本昭一 森眞二 石田裕一)
図面、ノリ資材費用明細書、配分金表<省略>